こういう仕事をしたい。JR車掌の神対応。

ネットニュースでいい光景を見た。

中国のある駅での駅員の対応が心温まるものだ。

自宅が停電で、父娘が駅にやってきた。
駅の灯りを使って娘が宿題をするのだという。

それを知った駅員の対応がいかしたものだった。

詳しくは下の動画を見てもらいたい。

https://videotopics.yahoo.co.jp/video/vtps/263239


中国は社会主義の国で駅員などの官僚が杓子定規の対応をするかと思ったら、このような人間味があふれる駅員もいることに驚かされた。

駅の気が利く対応で思い出した。

私はJRの某駅で始発電車に乗ることがある。

冬の寒い朝、寒風吹きすさぶ駅のホームで電車を待つ時間は辛い。

線路に電車が入線してきて、すぐにドアを開けてくれる車掌さんがいる。

暖かい電車内で暖を取ることができて非常に助かる。

ところが、日によっては、電車が入ってきてもなかなかドアが開かずに待たされることがある。

想像するに、車掌の対応の違いなのだろう。

内規で入線時刻とドア開け時刻が決められているために、律義にルールを守る類の車掌(官僚タイプ)は、乗客が寒い中ホームで待たされていても、なかなかドアを開けない。

一方、人情味のある車掌は、乗客のためを思って、すぐにドアを開ける。

組織の人間としては、前者の対応が「正しい」のだろうけれど、私は後者の車掌さんのような仕事がしたい。

常に独断で事を運べ、と言いたいのではない。

ルールや内規を律義に守る官僚的な対応をするのではなく、時と場合によっては法規を柔軟に運用することがあってもいいと思う。

このような仕事をしたいものだ。

ルール厳守は平等と安全を担保するというのは見せかけで、その内実は自己保身にすぎない。

ルールに反する仕事をしてもし何か事が起これば責任を追及される。

しかし、ルール通り運用すれば、たとえ何か不測の事態が起こっても、責められるのはルールをつくった責任者や上司であって、本人には咎(とが)が及ばない。

でも、入線した電車のドアをたとえ1分2分早く開けたところで、それがどうなのだ。

安全面で問題があるとはとうてい思えない。
でも、ルールや規範にだけ目を向けて、顧客など人間を見ない官僚タイプの人間はどこの組織にもいる。

電車のドア開けという些末(さまつ)な問題で、組織とルールと人間について一端を見る思いがした。

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