【たてがみ切り取り事件不起訴】タイキシャトル、ローズキングダムを考える

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(1)たてがみ切り取り事件とは

みなさんはこの事件を覚えておいでだろうか。

昨年(2019年)9月に北海道の牧場で名馬のたてがみが切り取られる事件が発生した。発生から半年以上たった3月27日に北海道警は、埼玉県川口市の55歳の女が事件に関与したとして、器物損壊容疑で逮捕した。

女は昨年9月13日に日高町のヴェルサイユリゾートファームを訪れ、安田記念(1998年)や仏GI・ジャック・ル・マロワ賞(1998年)などGI・5勝のタイキシャトル(セ26)と2010年のジャパンCなどGI・2勝のローズキングダム(セ13)のたてがみの一部を、刃物で切り取った容疑が持たれている。

netkeiba.comの記事から引用させtいただきました。

https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=169195

北海道では同時期に、「うらかわ優駿ビレッジアエル」でダービー馬ウイニングチケットのたてがみが切られ、インターネットに出品される被害が発生していたという。

(2)札幌地方検察庁浦河支部は女性を不起訴に

この事件については、4月28日札幌地方検察庁浦河支部は女性を不起訴とした。

ここで、まず刑事事件と裁判の関係について説明させていただきたい。

事件が起きて、警察が被疑者を逮捕しても、100%裁判になるというわけではない。

警察から地方検察庁に書類送検されて、その案件が法律に抵触するかどうかを検事が調べる。

そのあとの経緯は主に3つの選択肢がある。

①証拠が揃っていて、事件性があり、裁判に持ち込んで確実に有罪判決が取れると検察庁が判断したとき ⇒ 起訴

②証拠に乏しく(自白のみでは不可)、裁判を起こしても、勝てそうにないとき⇒ 不起訴

③証拠があり、裁判にかければ有罪の可能性が高いけれど、被害が少なく微罪であり、本人も反省している⇒ 起訴猶予

たとえば、万引きで捕まったとする。初犯でいわゆる「ついできごころ」でスーパーの商品を盗んだのだけれど、被害額が少額で、計画性がなく、被疑者も強く反省している。再犯の可能性も低い。

このような場合には起訴猶予になる確率が高い、というわけです。

しかし、同じ万引きでも、再犯で計画的かつ被害額が高額で悪質の場合は、検察の判断で起訴となります。

今回、札幌地方検察庁浦河支部が不起訴の決定を下したのは、この案件が事件性がなく裁判に持ち込んでも勝てない。そう判断したからでしょう。

(3)たてがみを切る行為は動物愛護法に抵触するか

ここからが本題です。

私たち競馬ファンとしたら、タイキシャトルやローズキングダムのたてがみを切るなど許しがたい行為です。

また、一般常識に照らして、このような行為は断じて見過ごすことができない。

だから、裁判にかけてこの女性をしっかりと断罪すべきだ。

そう考える競馬ファンや1口馬主会員も多いかと思います。

ローズキングダム

しかし、プロの法律家の判断は違いました。

まず、牧場で飼養されている馬のたてがみを切るという行為がどの法律に抵触するかを考えましょう。

被害を受けたのが人間であれば、本人の了解なく髪を切られるという行為は傷害罪ではなく、暴行罪に当たる可能性が高いといえます。

しかし、競走馬の場合は、法的な人格は有しておらず、たてがみを切るという行為は2つの法律に違反する可能性があります。

1番目は動物愛護法(動物の愛護及び管理に関する法律)です。

第1条にはこの法律の目的が書かれています。

少し長いですが引用します。

第一条 この法律は、動物の虐待及び遺棄の防止、動物の適正な取扱いその他動物の健康及び安全の保持等の動物の愛護に関する事項を定めて国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資するとともに、動物の管理に関する事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害並びに生活環境の保全上の支障を防止し、もつて人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする。

馬のたてがみを切るという行為が同法が禁止する「動物の虐待」にあたり、「動物の適正な取扱いその他動物の健康及び安全の保持等の動物の愛護に」反するかどうかが問われるわけですが、本件はこれに当たらないと警察は判断したのでしょう。

馬のたてがみが長くなれば牧場側ではふつうに切る。言ってみれば日常的に行われている行為です。

嫌がる動物を無理やり暴力的に押さえつけて、たたがみを切るのだったら問題になりますが、今回の案件では目撃者がいないわけですから、今回のたてがみを切る行為が「動物の虐待」にあたるかと言われれば、ちょっと難しいと思います。

また、「動物の適正な取扱いその他動物の健康及び安全の保持等の動物の愛護に」反するとは言えないでしょう。

動物愛護法の第2条には基本原則が定められています。

第二条 動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。

たてがみを切る行為が「動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめる」ことに該当するかどうかの判断ですが、先にも述べたように、目撃者がいないという難点があるため、どのような手段でたてがみを切ったかが判然としない以上、この行為がただちに動物を傷つけ、苦しめる行為には当たらないでしょう。

たてがみ切り事件での触法可能性として、2つ目は刑法です。

上記のような解釈の下、警察は女性の行為を動物愛護法ではなく、刑法を持ちだしました。

刑法の器物損壊容疑で警察は被疑者を逮捕したのです。

馬に対する行為が器物破損?

違和感がありますが、次章では器物破損の要件について詳しく見ることにしましょう。

(4)たてがみを切る行為は刑法の器物損壊にあたるのか

器物損壊は刑法258~261条に定められており、簡単にいうと「他人の物を壊すこと」にあたります。

動物もこの「他人の物」に相当し、「壊す」とは機能を損失、減退させたり、価値を損耗、下落させる行為にあたります。

器物損壊罪の法定刑は「三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料(刑法261条)」と規定されています。

動物に対する器物損壊罪は、損壊というより傷害にあたり「動物の効用を害する行為」をさします。

今回の案件について、この器物損壊の要件が成立することを判断するには、馬のたてがみを切るという行為が「壊す」こと、つまり機能や性能を悪くし、価値を低くすることになることを立証する必要があります。

案件を提訴することを困難にしているのは、たてがみを切られた馬、タイキシャトルやローズキングダムが現役を引退していることです。

現役のサラブレッドえあれば、たてがみもレースパフォーマンスを上げる競走馬の重要な肉体の一部という解釈をすることができないとも限りません。

科学的に因果関係を立証できるかどうかは難しいですが、調教師などの関係者を証人に立てれば、法的な証拠として採用される可能性はあるでしょう。

しかし、引退馬のたてがみが切られたからといって、これが種牡馬のパフォーマンスに影響するかと聞かれても、立証することは不可能でしょう。

ましてや、タイキシャトルやローズキングダムは種牡馬からも引退しています。

つまり、今回の事件で被害にあったとされる馬や牧場の具体的な被害状況が明らかにされない限りは、馬のたてがみを切るという行為がいくら非常識なものであるからと言っても、犯罪を立証する構成要件が十分に整わない。

そうである以上、これを裁判所にもちこんでも裁判官から有罪判決はもらえない。

今回、札幌地方検察庁浦河支部の不起訴決定はそういう判断だったと思います。

(5)たてがみ切り取り事件はこのまま泣き寝入りになるのか

このような検察庁の決定は法律の解釈としては妥当であるにせよ、関係者はにわかに承服できないことでしょう。

タイキシャトル

事実、札幌地方検察庁浦河支部の決定を受け、タイキシャトルとローズキングダムを繋養するヴェルサイユリゾートファームでは、検察審査会に審査申し立てを行う方針を固めたそうです。

同ファームでは、オンライン署名収集のサイトchange.org(チェンジオルグ)を使って署名を呼びかけているとのこと。

この署名を検察審査会に提出する決意を固めています。

さて、こうした声が検察庁を動かし、裁判に持ち込んで有罪判決をとることができるか。

最後にその可能性について言及してみたいと思います。

(6)刑事裁判の正義とは

タイトルは「正義」などという大げさな表現を使いましたが、みなさんは裁判の有罪、無罪についてどのように考えているでしょうか。

殺人や強盗事件などの重大事件は、まれに冤罪事件が起きることがありますが、基本的にはシロかクロ。

有罪・無罪の境目ははっきりしていると思います。

しかし、世の中には、グレーゾーン、その行為が法に触れるかどうかは極めて曖昧なケースが多いように思います。

いちいちこれを裁判所に持ち込んで手間ひまかけて判断するのは裁判官だけでなく関係者の時間と労力の無駄になる。

そこで、事前に検察がスクリーニングを行ってグレーゾーンについてはふるいにかける仕事をしているわけです。

この作業は厳正で公平な基準に基づいて行われていますが、ときに世論や政治の流れに応じて、バイアスがかけられる場合があることも否定できません。

これがいわゆる国策捜査といわれるもので、通常の法解釈ではとうてい立件しないような微罪やグレーゾーンの事件でも意図的に、半ば強引に証拠収集を行い、事件に仕立ててしまう。

世論の動向を意識し、少なからずこれに影響を受けるという意味では、裁判所も同じような傾向にあります。

事実認定において判断が難しく評価が分かれる案件でも世論の動きに押されて、有罪の事実認定をしたり、重い量刑を下したりすることも少なくないという印象を受けます。

今回のたてがみ切り取り事件でも同様です。

国策捜査はオーバーでも、競馬ファンの署名が多数集まれば、通常の判断では起訴しないような案件でも検察庁はこうした世論に動かされるという事態は起こりうる。

裁判でも、優秀な検事が担当すれば、今回のたてがみ切り取り事件を有罪に持ち込む可能性もあると考えます。

たとえば、器物破損ではなく、威力業務妨害の罪状に変更すれば、立件や有罪判決獲得は可能でしょう。

このような事件の再発防止のために牧場はスタッフの仕事が増えて、日常的な業務に支障をきたした、というロジックに落としこめばいいわけです。

ということで、みなさんは、今回の事件や検察の決定をどのように思われたでしょうか。

みなさんは署名されますか?

私は考え中です。

ヴェルサイユリゾートファームホームページ

https://www.versailles-resort.com/

オンライン署名収集のサイトchange.org(チェンジオルグ)

https://www.change.org/ja

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