【ダンスインザダーク逝く】中山金杯、京都新馬で母父覚醒

1996年の菊花賞馬、ダンスインザダークが1月2日、老衰のために亡くなった。

27歳で、人間でいえば、80歳以上の高齢だった。

新馬戦では届かない位置から鋭い差し脚で追い込んできて、脚を残して楽勝。

ダービーで絶対視されていたものの、フサイチコンコルドに後ろから差されて、武豊のダービー初制覇を逃す。

菊花賞での雪辱と衝撃的な引退。

そして、種牡馬になってからは、ザッツザプレンティとデルタブルースという2頭の菊花賞馬を社台サラブレッドクラブから出すも、産駒は高い価格設定の割りには走らない。

この馬に関する思い出はつきない。

去年、ディープインパクトとキングカメハメハの2頭が亡くなったが、ダンスインザダークの訃報を目にして、また平成の競馬が終わったという思いを強くした。

この訃報を聞いてからほどなく、2020年JRA の最初の重賞競走中山金杯(芝2000m)でトリオンフが優勝した。

京都では6レース(芝1800m)の新馬戦でルビーカサブランカが勝利。

このトリオンフとルビーカサブランカのブルードメアサイアーは奇しくも亡くなったばかりのダンスインザダークだった。

さすがに高齢のダンスインザダーク産駒は現役では見かけないが、母父としてその血脈を残している。

種牡馬としては、本馬と同様、産駒は取りこぼしが多く、安定味にかける馬が多いように感じた。

だが、母父に入ると、しぶといスタミナが伝わり、1800m、2000mの中距離戦で底力を生む。

遡れば、ダンスインザダークのスタミナはその母ダンシングキイ (1983年生まれ、父Nijinsky)の父ニジンスキーの血に由来する。

凱旋門賞で敗れるまでデビュー以来11連勝。

ザ・ダービーとアイリッシュダービー、2つのダービーを勝った本家イギリスの偉大なニジンスキーの血はダンスインザダークを経て、母系のなかでこれからも脈々と受け継がれていくことだろう。

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