【アメリカの逆襲】1990年代、金融ビッグバンに乗じて、外国の株主が日本株を買い漁る

7月、8月は仕事が忙しく、朝7時に家を出て、帰宅は午後11時。
帰っても少し仕事をしてから翌朝6時起きの生活。

日曜日はバタンキューで、とても読書とブログの更新を続ける気力、体力を持てなかった。

ようやくお盆休みで時間がとれるようになったので、『資本主義と民主主義の終焉~平成の政治と経済を読み解く』水野和夫、山口二郎(祥伝社新書)の感想を再開します。

今日も第2章「危機感漂う世紀末~相次ぐ企業破綻から金融危機へ」から。

1980年代に日本企業がロックフェラーセンターやハリウッドの映画配給会社を買ったことで、アメリカ側で日本脅威論が台頭する。

1990年代はバブル崩壊をしかけたアメリカが、金融ビッグバンを機に日本市場に進出し、抑えにかかる。

まさに、アメリカの逆襲といっていい。

そのシナリオを水野和夫はわかりやすく解説している。

その第一弾は簿価方式から時価方式への転換だ。

「バブル経済最盛期の1989年、企業の時価総額ランキングにおいて、世界トップ10のなかに日本の銀行が六行もランクインされていました。しかし、金融ビックバンが始まる1996年には、トップテンからすべて消えています。」(p76)

ここで、金融ビックバンについて解説すると、これはイギリスから始まった金融の自由化のことで、金利の自由化と金融業務の自由化を指します。

それまで旧大蔵省が決めていた銀行の金利を各行が自由に決められるようになることで、銀行は競争に晒されます。従来、護送船団方式で守られてきた銀行がつぶれる時代となります。事実、北海道拓殖銀行と長期信用銀行はバブル崩壊後、多額の不良債権を抱えて破綻に追い込まれました。

金融業務の自由化とは、銀行、証券、保険、信託業務の相互参入を認めること。

いまや銀行が窓口で保険を扱う時代となっている。

さて、アメリカは日本企業の強みの源泉であった「簿価会計」に手を付ける。

時価(市場価格)と簿価(貸借対照表の金額)の差額である企業の含み益を日本企業の強みと見たアメリカは、バブル崩壊で地価が下がっているタイミングで「時価会計」導入を強制すれば、「含み損を表に出して損失計上しなければなりません」(p76)

第二弾としてアメリカが「次に打った手は、BIS規制で銀行の体力を奪うこと」(p81)だった。

BIS規制とは、銀行の経営の健全性を示す指標である自己資本比率のことで、この数値が8%以上ないと海外と取引できない。

自己資本比率は「自己資本÷総資本」で表される。総資本の中には、リスク資産の株も含まれる。

当時の銀行は系列内の企業の株をグループ内で持ち合って、乗っ取り防止(企業防衛)にあたっていた。

自己資本比率を8%以上に保つために、銀行はリスク資産の株を手放すことを余儀なくされた。

「そこに乗じて、外国(主にアメリカ)企業が、日本の優秀な企業にやすやすと入ってくることができます。」(p81)

1999年3月に日産がルノーと資本提携したのはこうした背景がある。

ゴーンが日産をV字回復させたのは、大規模なリストラによるものだ。

また、ソニー、トヨタ自動車などは外国人株主の持ち株比率が高い企業で、そのソニーは1997年頃から大規模なリストラを開始する。

こうした大出血は外国人株主の意向に沿うものだ。

かつての日本の大企業では、社員が家族でめったなことでは辞めさせないことが経営の美徳とされた。

松下幸之助の精神を受け継ぐものだが、こうした日本的経営はドライでクールな欧米の経営方式にいともたやすく覆された。

思えば、このころから格差社会の兆しが始まった。

そのおおもとをたどれば、金融ビッグバンを口実に「簿価会計」から「時価会計」へとアメリカの圧力で(水野は橋本が官僚か御用学者の口車に乗せられたと書いている)ルールを変更したことにさかのぼる。

この決断を下した当時の橋本龍太郎について、水野和夫は「政治センスが悪い、といった話ですまされることでは」ないと酷評している。

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