【競馬の神様に愛された人生】競馬&1口馬主10大ニュース(2019年)/第10位

第10位

近藤利一氏死去

「アドマイヤ」の冠名で多くのG1ホースを所有した近藤利一が11月17日、77歳で亡くなった。

近藤氏は今年のセレクトセールでひとり存在感を示した。

7月13日(月)のセレクトセール初日の1歳馬セッションでミュージカルウェイの2018(牡)を3億6000万円で、翌14日(火)の2日目の当歳馬セッションでタイタンクイーンの2019を4億7000万円で落札した。

セール後のインタビューで氏は抗がん剤治療を終えたばかりだと漏らした。

このときには死期を悟っていたのだろう。

それにしても「アドマイヤ」は走る。

中央のG1競走優勝馬がダービーを勝ったアドマイヤベガをはじめ9頭。

・アドマイヤコジーン(1998年朝日杯3歳ステークス、2002年安田記念)

・アドマイヤベガ(1999年東京優駿)

・アドマイヤドン(2001年朝日杯フューチュリティステークス、2004年フェブラリーステークス)

・アドマイヤグルーヴ(2003年・2004年エリザベス女王杯)

・アドマイヤマックス(2005年高松宮記念)

・アドマイヤムーン(2007年宝塚記念)

・アドマイヤジュピタ(2008年天皇賞(春))

・アドマイヤリード(2017年ヴィクトリアマイル)

・アドマイヤマーズ(2018年朝日杯フューチュリティステークス、2019年NHKマイルカップ)

思えば波乱万丈の人生だった。

というか、自ら波風を起こした。

武豊との確執。

2007年の皐月賞でのアドマイヤオーラの武の騎乗をめぐって、ダービーでは武を降ろして岩田に交代。

これは武にとっても近藤オーナーにとっても不運の始まりだった。

2008年のアドマイヤジュピタの天皇賞(春)勝利からしばらくG1競走にアドマイヤ馬は勝てなくなった。

アドマイヤムーンをダーレー・ジャパンへ売却後すぐに同馬はジャパンカップを優勝した。

もうアドマイヤの命運尽きたと思わせたが、アドマイヤリード、アドマイヤマーズと2年続けてG1馬を出して、復活した。

アドマイヤマーズに至っては、近藤オーナーが亡くなったあともが香港マイルを勝った。

死せる利一、生けるマーズを走らす。

アンチもたくさんいたけれど、思えば競馬の神様には愛された人生だった。

利一の死によって平成の競馬が終わった。

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