前回の第2回では、新種牡馬ドレフォン導入の狙いと成功の可能性を探り、さらにドゥラメンテとモーリスの成功の可否についてめがね君が自説を開陳してくれた。
最終回の今回は、ポストディープ&キンカメ世代を勝ち残り、その王座を受け継ぐ者は誰か、という生産者はもとより、1口馬主や競馬ファンの誰もが気にかけている大問題の答えをトンボ君とめがね君の2人に模索してもらった。
(7)社台グループにもう1頭の助っ人現る~ブリックスアンドモルタル
前回はドゥラメンテ、モーリス、ドレフォンの3頭の新種牡馬について紹介した。この3頭は社台グループが誇る最強の布陣とボクは考えていた。
ドゥラメンテはクラシックディスタンス、モーリスはマイル、ドレフォンはダート短距離とそれぞれ住み分けして、上の「種牡馬の適性表」(適性マップ)に見るように、黄金の三角形を形作っている。
でも、それはあくまでも社台グループの戦略の見取り図であって、勝負事は相手あってのことだから、現実は図面通り動くわけではない、ということを前回、僕は指摘したよ。
それで、この黄金の三角形を補強する新たな助っ人が、去年社台にやってきた。ディープインパクトが亡くなってからすぐ、突然の発表。それが2019年 米国エクリプス賞年度代表馬ブリックスアンドモルタルを社台が購入することだと聞いて、ボクはぶったまげたことを覚えている。
僕もあのときは唸った。ディープインパクトとキングカメハメハという社台グループの屋台骨2頭を相次いで失って、悲嘆に暮れるかと思ったら、悲しむ暇もなく、電光石火に動いてこの偉大な種牡馬を日本に連れてきた。これが社台の強さなんだと思った。
このブリックスアンドモルタルがゴールデン・トライアングルの頂点に君臨することで、社台グループの平面的な三角形は三角錐の立体的で盤石なものとーー
その黄金の三角形とか、ゴールデン・トライアングルの頂点と言うのやめてくんない。なんか、ヤバいものを密造している危険地帯みたいな誤解を受けるから。
わかったよ。それじゃあ、めがね君のブリックスアンドモルタルに対する評価を聞かせてください。
(8)ブリックスアンドモルタルの評価
ブリックスアンドモルタルの現役時代の戦績は申し分ない。競走成績は13戦11勝。うちG1が5勝。勝ち距離は芝の9ハロン(1800)~12ハロン(2400m)で、中・長距離馬という適性だ。芝馬だということは歓迎だが、スピード値が重視される日本の現代競馬でマイル以下の重賞勝ちがないのが少し引っかかる。
それでも、アメリカの年度代表馬だよ。
エクリプス賞受賞馬の産駒で日本で活躍した馬がどれだけいるかってういう話。Curlin(カーリン)しかり、Ghostzapper(ゴーストザッパー)しかり。A.P. Indyにしても産駒でG1勝ちはシンボリインディ(NHKマイルカップ)だけだしね。牝馬のAzeri(アゼリ)に至っては、ノーザンファームが繁殖牝馬として導入しても、産駒がアメリ(3勝)やロイカバード (4勝、京都新聞杯(G2)ときさらぎ賞(G3) 3着)、シルヴァンシャー (4勝、京都大賞典(G2) 3着)というんじゃ、微妙でしょう。
でも、そもそもエクリプス賞受賞馬の産駒が日本で走ること自体が珍しいから。サンプル数が少なくて、きちんとした評価が下せないってことじゃないの。
ブリックスアンドモルタルが名馬であることは間違いない。でも、競走馬としての名馬がみな名種牡馬になるという保証はない。
それと、アメリカの芝で活躍した馬が日本にきて種牡馬になるケースも珍しいんじゃないか。
ブリーダーズカップ・ターフ優勝馬で見てもコンデュイットはビッグレッドファームで4年間供用されたけれど、産駒が芳しい結果を出せず、失敗といっていい。成功例はマイネルキッツ(G1天皇賞(春))、ビービーガルダン(G3阪急杯、G3キーンランドカップ)を出したチーフベアハートやヒシアマゾン(G1エリザベス女王杯)などを出したシアトリカルぐらいでしょ。
て言うか、アメリカ産年度代表馬であろうが米国芝重賞馬であろうが、そもそも種牡馬自体が成功する確率は極めて低いんだから、取りあえず駄目だダメだって言っておけば予想は当たるんじゃないww。
ただ、ブリックスアンドモルタルの5代血統表を見ると気になることが。
気になることって?
Storm Birdの3 × 3(25.00%)という強いクロスを持っている点だ。こういう馬は種牡馬や繁殖牝馬として、子孫に強い馬を産む傾向にある。デインヒル(ナタルマ[Natalma]の3 × 3)やエーピーインディ[A.P.Indy]の母ウィークエンドサプライズ[Weekend Surprise](サムシングロイヤル[Somethingroyal]の2 × 4)などのように、このような濃いインブリードはいったん祖先の名馬の血をここでギュッと集めて濃縮して、ここからほとばしった血のエキスが子孫の馬を活性化するポンプの役割を果たすことがある。
Storm Birdってどんな馬なの?
カナダ産の馬で、2歳時にデビュー以来負けなしの5連勝でイギリスとアイルランドの2歳チャンピオンになっている。
3歳になってG3プランスドランジュ賞で5着に負けて引退。種牡馬になって活躍するけれど、いまも隆盛を維持しているのはストームキャットの系統だけだな。このストームキャットは世界中に枝葉を広げている。もちろん日本の競馬ともつながりが深い。
ストームキャットはディープインパクトのニックスとして有名だよね。
そうだね。ストームキャットはブルードメアサイアーとして日本馬と相性がいいほか、産駒のシーキングザダイヤが日本で活躍したほか、ジャイアンツコーズウェイやヘネシー(サンライズバッカス(G1フェブラリーステークス)、コパノフウジン(福島民友カップ(OP))の父)、タバスコキャットなど日本競馬と非常にゆかりがある。
そう聞くと、このストームキャットを祖父に持つブリックスアンドモルタルは日本での活躍が期待できそうな気がするね。社台グループはそこまで考えてこの馬に白羽の矢を立てたのか。
ブリックスアンドモルタルの父のジャイアンツコーズウェイの産駒で獲得賞金が1億円以上の馬は6頭いる。
・エイシンアポロン(牡馬、2007年生まれ) 2億8,919.6万円、11’マイルCS(G1)優勝
・エーシンジーライン(牡馬、2005年生まれ)2億6,002.8万円、12’小倉大賞典(G3)優勝
・スズカコーズウェイ(牡馬、2004年生まれ)1億8,261.4万円、09’京王杯スプリングC(G2)優勝
・アンコイルド(牡馬、2009年生まれ)1億7,073.4万円、13’白富士S(OP)優勝
・ドリームキラリ(牡馬、2012年生まれ)1億6,594.6万円、18’欅S(OP)優勝
・エアマックール(牡馬、2005年生まれ)1億2,951.2万円、12’アルデバランS(OP)優勝
でも、G1優勝はエイシンアポロンのみなんだ。
エイシンアポロンを出しているし、合計4頭の重賞勝ち馬を出しているから、ジャイアンツコーズウェイは日本では一応成功したと言っていいんじゃないの。
ブリックスアンドモルタルのこうした血統背景を見ると、日本でそんなに大外れはないだろう。ただ、先に言ったようにアメリカの年度代表馬だから、ブリーダーズカップ・ターフなどの芝の重賞を勝っているから、そんな理由で過大な期待をかけてもらっても困る。サンデーサイレンス級の種牡馬なんて、本当に20年に一度、いや50年に一度現れるかどうかというものだから。
じゃあ、ブリックスアンドモルタルは第二のサンデーサイレンスにはなれないの?
うん、これからは芝のクラシックディスタンスの種牡馬は群雄割拠の時代が続くだろうね。それじゃあ、ブリックスアンドモルタルも「適性マップ」に落としてみるよ。
ブリックスアンドモルタルの現役時代の競走成績をもとに平均勝ち距離(芝1830m)を出してみた。産駒の適性も同じと仮定して作成したよ。ちょうど、このエリアはハーツクライやドゥラメンテ、オルフェーヴル、ハービンジャー、ルーラーシップなどのライバルがひしめき合うところだ。ノヴェリストが導入されて伸び悩んでいるのも、やはり競合する強力なライバル一番多いところで、しかもディープインパクト全盛期に持ち込まれたという不運もあって、それがいまの惨状につながっている。
ドゥラメンテがいるのに、社台もわざわざアメリカからブリックスアンドモルタルを買ってくることもないのに。
ほかにもマインドユアビスケッツやニューイヤーズデイなども海外から購入している。種牡馬はそんなに簡単には成功しないとわかっているから、社台は二重、三重に保険をかけているんだ。
厳しい生存競争の世界だね。
もう1つ大事なことは、これらの芝向きとして導入された新種牡馬のうちで、競争に敗れたものは完全に淘汰されるわけでないってことだ。場合によってはダートに活路を求めて、新天地で活躍するようになることもある。ちょうど晩年のブライアンズタイムのように。ブライアンズタイムの場合は供用前半は芝馬の活躍馬を多く出し、後半からダート馬を出した。ブリックスアンドモルタルの場合は、芝の重賞馬で勝つ子どもを、と考えて導入されたけれど、いきなりダートの大物を出す、なんてこともあるかもしれない。Storm Bird-ストームキャット系はそういう変化球も大いにある。
(9)ポストディープ&キンカメ世代を担う種牡馬は何か?
そろそろまとめに入ってください。
ポストディープ&キンカメ世代を担う種牡馬は何か? ってテーマで話してきたけれど、いまのところ有力な候補は登場していないし、これからもしばらくは登場しないだろう。ちょうどノーザンテーストが1982年から10年間リーディングサイアーの座の地位に君臨し、そのあとサンデーサイレンスが登場するまでリアルシャダイやトニービンがリーディングサイアーの地位に就いたことがあったが、そんな暫定政権がしばらく続くと思う。トニービンはそのあとサンデーサイレンスに次ぐ第二のポジションについて、ダービー馬ウイニングチケットを出したり、名牝エアグルーブを出したりして大成功を収めた。感覚としては、このトニービン級の種牡馬を探すのが当面の目標だろう。
それじゃあ、上の「適性マップ」の中に第二のトニービンはいるの?
それはどうだろうね。実は社台グループ以外の牧場に第二のトニービンが潜んでいる可能性がある。その心当たりとして、僕にはだいたい見当がついているんだけどね。
その馬は何っていう馬?
それはしばらく僕の胸のなかにしまわせておいてほしい。いつか話す機会が来ると思うので、そのときまではナイショだよ。
なんだよ、その思わせぶりな言い方は(怒)。
ともあれ、社台は種牡馬の層の厚さでポストディープ&キンカメ世代を当面しのいでいくことになるのは間違いない。三本の矢、四本の矢で、対抗する勢力を打ち負かしてゆくようになるだろう。こうしたなか、第二のトニービンやブライアンズタイムをつかんだ牧場がサラブレッド生産界の玉座に就く。それは引き続き社台王朝の時代が続くことを意味するのか、それとも革命が起こって社台凋落の激動が起こるのか。ここ五年内外で答えが出ると思う。
ボクは社台王朝の継続を望んでいるよ。
逆説的な言い方になるが、社台王朝継続のためには、強力なライバルが登場することが前提条件だ。欧米もそうだけれど、サラブレッドの生産は多くの生産者が互いに切磋琢磨しながら知恵を絞って、競争に競争を重ねた結果、多くの名馬が生まれた歴史があるのだから。
それじゃあ、早く社台にとって手ごわいライバルが早く現れてほしいね。
【対談】ポストディープ&キンカメ世代を担う種牡馬は何か?(第3回最終回)終わり
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