庭園随想④~吊るし柿

大学を卒業したあと、サラリーマンを数年ほどしていた。
詳しい職種や社名は伏せるが、サラリーマン生活は充実感とは程遠いものだった。
結局、辞める決意をしたきっかけは、柿だった。
確か、十月か十一月かの今頃、晩秋の季節だったかと思う。
仕事で同じ部署の数人と倉庫整理に小田急線の沿線駅に出かけたときだった。
倉庫に向かう途中の野辺の道を歩いていたら、柿の木があった。
木いっぱいに塾した柿の実が成っていた。
この光景を目にしたとたん、悲しみの感情が押し寄せた。
柿は一年間、風雪に耐えて、実りの秋を迎えた。
自分は毎日、変わらないルーティンワークをこなすだけ。
この生活を何年続けても、特別の技能が身に着くわけでもなく、ただ空しく時間だけが経過して年老いていくだけ。
会社員生活なんて、日銭を稼ぐだけで、なんの実りももたらさない。
こうした思いが突然、怒涛のごとく胸に去来したのを今でもはっきりと覚えている。
私が会社を辞めたのは、それから半年後だった。


いま、同じ秋を迎えている。
今日、出かけた先の古民家の軒先には干し柿が吊るしてあった。
あのときの秋の思いがふと甦った。
会社を辞めてよかった。
それでは、歳月は私の中身を熟させたか。
いまの私はこの軒先の柿と同じ。
熟すには熟したが、渋くて食えない。
冷たい風に身を晒してさらに多くの歳月に耐えなければならない。
あれから何十年後、同じ晩秋のいま、改めてそう思う。

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